思いを遣る



c_cosmos2w1 - コピー.gif私は気管支が弱いせいか季節の変わり目などにはよく咳き込みます。
そこで最近気付いたのですが、通勤途中の電車内で咳き込むと、大半の人がいやな顔をしたり、露骨に背を向けたりするのです。「どうしたのだろう」といった表情に出会うことは稀です。
そういえば、急病人や人身事故の発生を知らせる車内放送を耳にすると一様に迷惑顔が走ります。放送も「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」となります。「つらいだろうな」「何かあったのかな」「気の毒に」と思いを遣るゆとり、感性が人々から失せてしまっているかのようです。

一人ひとりが、かけがえのない命を生きているのだと共感できることから、他への思い遣りも生まれてくるのだと思います。それは難しい理屈ではなく、長く生活に密着してきた仏教的感性を取り戻していけば、自ずとよみがえってくる類のものではないでしょうか。

他人の不幸や悲しみ、ひょっとしたら、幸せや喜びにすら共感する感性が薄れてきているのかもしれません。
改めて私たち心の内の仏教を見直す時が来ているのだと感じている昨今です。

 雅敏 合掌