観音さま

kannnonn71.jpg千手観音(せんじゅかんのん)には千本もの手があり、その一つ一つの手には眼が付いて、苦しいとき、辛いとき、その千の手で私たちを助けてくださり、悲しいとき、寂しいときは千の眼によって私たちを温かく見守ってくださる観音さまです。

そこで今回は、私が観音さまのいのちの風光に気付かされたときのお話をいたします。
今年の夏、電車で移動していたときのことです。休日ということもあり、方々に行き来する乗客で車内はいっぱいです。更にその日はいつになく暑く、みな煮えたぎるような熱さに上着を脱ぎ、首筋には滝のような汗が流れています。その汗を拭うことすらできない人、肘やバックでわが身の場所を広げるのに必死な人、もって行きようのない苛立ちが満ちているような車内でした。

そんな中、「マーくん、マーくん」と母親が子供を呼ぶ声がしました。その呼んでいる先を見ると、幼稚園児の男の子が座席にちょこんと座り、遊園地の帰りか、はたまた里帰りからの戻りなのか、疲れ果ててグッスリ眠っています。降りる駅が近づいたのでしょう、母親がしきりに呼ぶのですが、なかなか眠りから覚めません。何度も呼ぶ母親の声で、乗客の視線は少年に集まります。熱気むんむんの車内、少年は、そんな暑さをよそに上を向き、小さな口を開けよだれを垂らし、電車の震動に身を任せ、気持ちよさそうに眠りこけています。小さな仏さまのような少年のかわいらしい姿です。
その微笑ましい様子を見ていた一人の男性が、突然「ぷっ!」と吹き出し笑い始めたのです。するとこれにつられたかのように他の人たちにも笑いの渦が広がり始めました。息苦しく感じられた車内が、一気に温かな笑い声に包まれ爽やかな場に変わっていったのです。
その光景を見た私に、その少年はまるで観音さまのように思えたのです。満員電車の中で、熱気や息苦しさに心がとらわれていた私でしたが、このカッカとしていた気持が、これほどいとも簡単に消え去り、そして広く転じてゆくものであったのかとの気付きでした。観音さまの慈しみの光で私たちをつつみこんだような、少年のあどけない姿だったのです。

観音さまは、至るところに姿を現し、涼やかに私たちの心を安らげる風光を送ってくださるのですね。気付いてみれば私たちの周りには、常に観音さまはいらっしゃるのです。
                           獅子吼林サンガ生 合掌