お釈迦様が最後に残された遺経経

nehanne31.jpg2月15日はお釈迦様がお亡くなりになられた日です。
その遺徳を偲び、2月1日より14日までの間、本堂の東側に掲げられた大きな涅槃図の前で「遺教経(ゆいきょうぎょう)」というお経をお唱えします。遺教経とは、お釈迦様がお亡くなりになる前に遺された最後のご説法であり、様々な面において修行のあり方が述べられています。

その中に「私が死んだら、波羅提木叉(はらだいもくしゃ)を私だと思って敬いなさい。」と書かれた一節があります。ここで‘波羅提木叉’という聞きなれない言葉が出てきましたが、これは修行者が守る戒をさします。つまり「戒そのものを私(お釈迦様)だと想って修行しなさい。」ということです。

では、ここでいう戒とは一体どのような行いでなのでしょうか。

戒は私の中にも多々あります。例えば、柔軟な心で日常生活を行ずる。また具体的なことで言えば、食べ物を選り好みせず無駄にせずに残さず食べるなど、この他にも様々なことがあります。これらは決して他から強制されて守る他律的な行いや禁止事項ではなく、自らを戒め、自らが進んで行う自律的な行いです。そこにあるのは、自分の日常生活において自らを省みることにより、様々なことに気付き、そして気付くことから反省し、反省することにより自らを戒め慎んで行こうという想いであり、行動です。

戒を守るということは、決して自らを縛り付けることではなく、自らを解放することなのです。このような戒の行いこそがお釈迦様の教えであり、また現代においてもなお、お釈迦様が私の中で生き続けているという事実があります。戒は私たちが生きていく上で大変大切なことです。私はこの遺教経を通じて「お釈迦様は何を言い、伝えたかったか」をそれぞれが感じとり、実行していくことが大切ではないかと思います。
皆さまも、それ程長いお経ではありませんので一度読んでみてはいかがでしょうか。

獅子吼林サンガ生 合掌