スリランカにおける死生観について
― Living with Buddhism ―

スリランカ僧侶 ラブガマ・ナーラダ

「死生」とは、人類が長い年月に渡り語り続けてきた一つの重要な課題だと思います。
それは、現在に至るまで、それぞれの民族により様々な思想や風習に基づき、表現されてき たようです。 古代インドの人々が死生というテーマを如何に重要としてきたのかは、紀元前一五世紀にも遡るヴェーダ(Veda) 聖典により明らかにされています。同様に西洋社会においても人々が死生について決して軽んじていないことは聖書や、ギリシャ神話などを通してうかがい知れます。世界の人々の宗教や民族風習などが異なっていても死生に関する認識は、現代に至るまで極めて普遍的に問い続けられてきています。

さて、ここにおいて自分の生まれ故郷であるスリランカの仏教徒の人々がどのように死生に関して考えてきたのか、そしてお葬式などが如何なる教えと関係していたのかを日本での経験も参考にしながら簡単に紹介したいと思います。
スリランカでは人が亡くなった場合、亡くなった当日から少なくとも約三日間ぐらい自宅に安置し、その間親戚や周辺の人々が最後のお別れの挨拶をする為に集まります。最終日にお葬式を行いますが、ほとんどの場合、故人の自宅に僧侶を招き、周辺の人々と共に仏教的な考えを中心にお葬式を行います。  
お葬式はいわゆる儀式ではなく、悲しみをやわらげる法話を聞く場になり、いわゆる 無常を考えさせること、そしてその場を借り、自分の生き方を改めて考えさせる機会を設けるという時になるのです。

お葬式を始める際に、集まった人々全員が僧侶から五戒を受け、その後僧侶に白い布をお供えします。白色は一般に無常を表す色として考えられています。それを褐色(焦げ茶色)に染めて僧侶の衣を作る為のものにもなります。式の最後に僧侶からの法話を聞くことになります。 式全体の考え方としては五戒を受けることにより「戒」(Siila)、白布などによる「布施」(Daana)、 無常を内容とする法話を聞くことにより「瞑想」(Bhaavanaa)という仏教に説かれるいわゆる「三大功徳」を集積することになり、それらの功徳を生きている者達が亡くなった人に与えるということに繋げるのです。

スリランカでは土葬より火葬の方が多く見られますが、しかしながらそれほどの有名人でない限りお墓を作ることには至らないのです。先祖供養の場としてお墓を立てる習慣はスリランカのみならず全南アジア地域の国々においてもあまり普及していない風習だといえます。そのかわりに七日、三ヶ月、また一年後のように各家庭では僧侶を招き、僧侶に対し食事を供養し、故人に功徳を向けるつとめをします。

仏典によれば「食」が人に五つの徳を与え、命を支えることができるのです。即ち、寿命(Aayu)、身体色(Varna)、楽(Sukha)、力(Bala)、知恵(Pragnaa)という五つの徳です。 米を植え収穫として米が得られるように五つの徳を与えることにより生きている者も同様の徳を得られること が可能になり、それらの功徳を亡くなった人に対しても与えられるという論理的考察です。こうした考えは 一般に知られている「業」(Karma)説と関係を持ち、仏教の中心的教えとも言えます。
 スリランカにおいてお葬式に関するこのような風習が生じた年代などは定かではありませんが、しかし古くから代々伝わる風習であることに違いはないのです。そしてそれがある特定の経典に纏めて説かれているわけではなく、仏教のあらゆる経典に反映されているのです。

スリランカの日常生活に常に密着している仏教の姿があらゆる式においても反映されており、 特にお葬式の時、物事の無常、そして生きているわずかな期間を「実りのある人生を意識させる」 大切な場であると自覚させることは印象的であります。


◆スリランカのお葬式
(僧侶の場合)
narada051.jpg花で装飾した柩をお寺から火葬をする広場まで運びます。僧侶、信者が後に続きます。


narada06.JPG火葬する広場に到着。


narada08.JPG大勢の僧侶・信者の方々がお葬式に参列します。


narada07.JPGこの建物の中に柩を入れ火葬します。搭状に木組みをし、布で蔽います。僧侶は褐色、在家は白色


narada09.JPG僧侶達がお別れの挨拶をする為、建物の周囲を右周りで3周します。


narada12.JPG亡くなった方の親族二人が、火葬の為の火を後ろ手に持ち、右回りで3周した後、点火します。

narada11.JPG

ヴェーダ(Veda)聖典

インド最古の宗教文献、また、バラモン教の基本聖典にもなります。インドの宗教・哲学・文学などの源流をなすものでその起源は前1500年頃インドの西方に移住したアーリア民族が多数の自然神に捧げた賛美に発し、以来一千年の間成立したものになるのです。最古のリグ(Rg)、それに次ぐサーマ(Saama)、ヤジュル(Yajur)、及び異系統のアタルヴァン(Atharva)を含め四ヴェーダと云います。

無常(むじょう)

一切の物は生滅・変化し常住でないこと。それは生き物も含めあらゆる物の性質であります。

五戒(ごかい)

仏教の場合、仏教徒であることを「戒」により自覚させるのです。 「出家者の戒」・「在家者の戒」と戒は様々であり、普通に在家者に対し定められているのは「五戒」であります。 即ち
①不殺生戒:私は「生き物を殺さない」という戒めを受けて守ります。
②不偸盜戒:私は「与えられていないものを取らない」 という戒めを受けて守ります。
③不邪淫戒:私は「淫らな行為をしない」という戒めを受けて守ります。
④不妄言戒:私は「いつわりをかたらない」という戒めを受けて守ります。
⑤不飲酒戒:私は「放逸の原因となり、(人を)酔わせる酒類、麻薬などを使用しない」という戒めを受けて守ります。

褐色(かっしょく)

サンスクリット(Sanskrit)語の衣のこと(Kaashaaya Vastra)を「黄色い衣」と和訳されていることは一般にみられます。 しかし、古代僧侶の衣を植物の根・葉っぱ等を潰し色を染めたことによりKaashaaya色、 即ち「褐色」になったのです。それゆえKaashaaya Vastraを「黄色い衣」というのは誤解釈だと思われます。